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札幌地方裁判所 昭和48年(ワ)1107号 判決

原告 今井松雄

被告 国 ほか一名

代理人 大沼洋一 林俊豪 ほか三名

主文

一  被告市は、原告に対し、三〇万円及びこれに対する昭和四八年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告市に対するその余の請求、被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、被告市に生じた費用の一〇分の一を被告市の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の申立

一  第一事件について

被告市は、原告に対し、一〇六三万七九四〇円及びうち九一五万九〇〇〇円に対する昭和四八年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  第二事件について

被告国は、原告に対し、二〇〇万円を支払え。

第二事案の概要

一  訴訟物

本件は、原告が、被告市に対し、公の営造物である下水道施設の設置管理に瑕疵があったため、損害が生じたとしてその賠償を請求し、被告国に対しては、公の営造物である下水道施設の設置管理費用の負担者であるとして、損害の賠償を請求した事案である。

二  全当事者間に争いがない事実

被告市は、札幌市の下水道施設として札幌市白石区北郷七八八番地に豊平川下水中継ポンプ場(以下、「本件ポンプ場」という。)を設置しているものであるが、昭和四七年九月二三日から二四日にかけての降雨の際及び昭和四八年八月一七日の降雨の際に、いずれも、本件ポンプ場付近のマンホールから下水が溢水するという事故(以下、昭和四七年九月に発生した溢水事故を「四七年事故」と、昭和四八年八月に発生した溢水事故を「四八年事故」といい、あわせて「本件事故」という。)が発生した。

三  原告と被告市との間で争いがない事実(被告市が明らかに争わないので自白したものとみなした。)

四七年事故及び四八年事故とも、被告市の設置する公の営造物である本件ポンプ場に設置管理の瑕疵があったため生じたものである。

四  原告の主張する責任原因

1  被告市について(国家賠償法二条一項)

(1) 四七年事故の発生原因

本件ポンプ場に据え付けてある揚水ポンプの揚水能力の不足及び同ポンプの起動不良

(2) 四八年事故の発生原因

本件ポンプ場そのものの処理能力の不足

2  被告国について(国家賠償法三条一項)

(1) 四七年事故について

被告国は右揚水ポンプの設置の費用を負担している。

(2) 四八年事故について

被告国は本件ポンプ場そのものの設置の費用を負担している。

五  原告の主張する損害

1  本件事故時の本件ポンプ場付近のマンホールからの溢水(以下、「本件溢水」ともいう。)による下水は、札幌市白石区北郷二三九九番地所在の別紙物件目録記載の原告宅敷地に流入し、原告宅は東南側半分が床下浸水の状態となり、これにより原告宅の傾斜等の事態が発生した。

2  被告市に対する請求

次の損害額合計一〇六三万七九四〇円及びうち(1)から(7)までの合計九一五万九〇〇〇円に対する本件事故発生以後の日である昭和四八年八月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(1) 曳家及び補修工事 六九三万八一〇〇円

(2) 借家料        九万円

(3) 盛土代        六万二四〇〇円

(4) ガス灯油配管工事代  三万八五〇〇円

(5) 給排水衛生設備工事 四二万円

(6) 連柴柵工事     一一万円

(7) 慰謝料      一五〇万円

(8) 弁護士費用    一四七万八九四〇円

3  被告国に対する請求

次の損害のうちの二〇〇万円

(1) 建物損害    一〇〇〇万円

(2) 慰謝料      三〇〇万円

六  被告市の主張

1  本件溢水と原告宅の傾斜との間に因果関係はない。地盤の軟弱性及び建物の設計が原因である。

2  本件ポンプ場付近のマンホールから溢水した下水の原告宅への流入量は、ゼロないしごくわずかである。したがって、仮に水の影響により原告に損害が生じたとしても、それは、雨水によるものであり、溢水によるものではない。

七  被告国の主張

豊平川中継ポンプ場は複合的施設である札幌市公共下水道を構用する施設の一つであり、被告市は被告国に対して本件ポンプ場だけを特定して補助金の交付を申請し、被告国も個別にその必要性を判断して補助するか否かを決定したものである。

札幌市公共下水道全体の総事業費(昭和四五年度から四九年度まで)は六二九億二〇九一万四六六二円であり、被告国が被告市に交付した補助金は一四〇億五六〇〇万円(総事業費の二二・三%)にすぎない。

そのうち、本件ポンプ場の設置増設の総事業費は、別紙豊平川中継ポンプ場建設費一覧表(以下、「建設費一覧表」という。)記載のとおり五億九三三六万七〇〇〇円であり、被告国が被告市に交付した補助金は同表記載のとおり二億〇五八七万九〇〇〇円(総事業費の三四・七%)にすぎない。

したがって、どのように考えても、被告国は国家賠償法三条一項にいう費用負担者にあたらない。

第三争点に対する判断

一  被告国の責任原因

1  被告国が国家賠償法三条一項にいう公の営造物の設置管理の費用負担者であると認めるに足りる証拠はない。

かえって、<証拠略>を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 被告市は、かねて札幌市を創成川、豊平川、新川、定山渓の各水域に区分して札幌市の市街地における下水処理のための札幌市公共下水道事業の計画を立てて建設大臣に認可申請し、昭和三二年一月にはその認可を得ていたが、その後昭和四二年八月七日にその計画の一部変更の認可申請を行い、同年九月二〇日建設大臣からその認可を得た。

(2) 被告市が昭和四二年九月二〇日に建設大臣から変更の認可を得た下水道事業計画は、大要、次のとおりである。

a 豊平川水域(豊平川処理区)内の豊平川東排水区域の対象面積を二一五五・〇六ヘクタールに拡張する。

豊平川東排水区域とは、豊平川の東に位置するもののうち、月寒川以西、逆川及び月寒川以南の地域である。

b 豊平川東排水区域は、西部地区が豊平川に、中央地区が望月寒川に、東部地区が月寒川に向かって傾斜をなしているので、下水道幹線を右の三河川に沿って配置した。既設幹線のうち、I―一〇〇〇、I―二〇〇〇、I―三〇〇〇、I―四〇〇〇、I―九〇〇〇は、豊平川に平行または直角に配置され、それぞれ豊平川に吐口を持ち、遮集管によって汚水はI―六〇〇〇に導かれる。I―六〇〇〇は、望月寒川に平行に配置され豊平川下水終末処理場に至る。拡張区域のうち東側の月寒川左岸に沿ってI―五〇〇〇を配置し、中央部に南から北に平行に配置するI―七〇〇〇、I―八〇〇〇の下水を収容した後、中継ポンプ場に入り、その後再び月寒川に沿って下り豊平川終末処理場に至る。

c 月寒川左岸地区は平担であり、I―五〇〇〇に流入してくる管の埋設深度は非常に大きく、幹線も深くなるので、I―七〇〇〇との合流点である札幌市白石町北郷七八八番地(現札幌市白石区北郷七八八番地)に中継ポンプ場(本件ポンプ場)を設ける。

(3) 被告市は、前記下水道事業計画にもとづいて、昭和四三年から豊平処理区の豊平川東排水区域における下水道施設の建設に着手し、昭和四五年三月に札幌市白石区米里に終末処理場である豊平川下水処理場を完成させ、本件ポンプ場の処理対象区域においても、昭和四六年に同区域内の八〇ヘクタールの地域の排水管渠等を、昭和四七年に同じく二六五ヘクタールの地域の排水管渠等を、昭和五一年末までに目標の面積のうち二〇〇ヘクタールを残し残地域の排水管渠等を完成させた。

(4) 本件ポンプ場は、札幌市白石区北郷、中央、南郷、本通、豊平区月寒、西岡のうちの八九三ヘクタールの地域の下水処理を対象としたポンプ場であり、汚水は豊平川下水処理場に送水し、雨水は月寒幹線排水路に放流する施設である。

前記下水道事業計画においては、最終的には、本件ポンプ場に汚水ポンプとして口径三五〇ミリのものを三台、同六〇〇ミリのものを一台備え付け、また雨水ポンプとして口径七〇〇ミリのものを二台、同一一〇〇ミリのものを二台、同一二〇〇ミリのものを一台備え付ける予定であった。

被告市は、昭和四五年五月から本件ポンプ場の建設にかかり、昭和四七年三月に第一期工事を完成させ、本件ポンプ場にまず汚水ポンプとして口径三五〇ミリのものを二台、また雨水ポンプとして口径七〇〇ミリのものを一台、同一一〇〇ミリのものを二台、それぞれ備え付け、同年四月から稼働を開始した。

その後、被告市は、昭和四八年四月までにさらに汚水ポンプとして口径三五〇ミリのものを一台、昭和四九年四月までに雨水ポンプとして口径七〇〇ミリのものを一台それぞれ備え付けたほか、昭和五〇年四月までに汚水ポンプとして口径六〇〇ミリのものを一台、雨水ポンプとして口径一二〇〇ミリのものを一台それぞれ備え付ける予定であった。

(5) 昭和四五年度から昭和四九年度までの間における札幌市公共下水道の総事業費は六二九億二〇九一万四六六二円であり、被告国が被告市に交付した補助金は一四〇億五六〇〇万円である。

そのうち、豊平川中継ポンプ場の設置増設の総事業費、補助対象事業費(補対事業費)、国庫補助金額などは、別紙建設費一覧表記載のとおりである(この事実は被告国において自認するところであり、右の金額を越えて被告国が被告市に対し補助金を交付したことを認めるに足りる証拠はない。)。

2  ところで、下水道法によれば、下水道とは、下水を排除するために設けられる排水管、排水渠その他の排水施設またはこれらの施設を補完するために設けられるポンプ施設その他の施設の総体をいい(下水道法二条二号)、公共下水道とは、主として市街地における下水を排除し、又は処理するために地方公共団体が管理する下水道で、終末処理場を有するものまたは流域下水道に接続するものであり、かつ、汚水を排除すべき排水施設の相当部分が暗渠である構造を持つものをいう(同法二条三号)。

3  右の下水道法の規定に照らすと、札幌市の公共下水道事業施設は、前記認定の豊平川処理区のものに限っても、排水管渠、排水路などの排水施設、これを補完する本件中継ポンプ場及び終末処理場である豊平川下水処理場など、社会通念上は独立の営造物と見られる複数の営造物からなる複合的な施設であることが明らかである。

4  そして、原告は、四七年事故及び四八年事故とも、被告市の設置する公の営造物である本件ポンプ場に設置管理の瑕疵があったため生じたものであると主張し、被告市はこれを認め、被告国はこれを争うところであるが、前記認定の豊平川東排水区域の公共下水道施設の建設状況、補助金の交付状況などからして、他に反対証拠もないので、被告市は被告国に対して本件ポンプ場だけを特定して補助金の交付を申請し、被告国も個別にその必要性を判断して補助するか否かを決定してきたものと推認するのが相当である。

5  以上の認定事実によれば、被告国が国家賠償法三条一項にいう費用負担者にあたるか否かを決定するにあたっては、本件ポンプ場の費用負担の割合等を考慮して判断すべきこととなる。そして、本件ポンプ場の設置増設に関しての被告国の費用負担の割合は、三四・七%にすぎないから、被告国は国家賠償法三条一項にいう費用負担者にあたらないというべきである。

6  そうすると、いずれにしても、被告国は、公の営造物である本件ポンプ場の設置管理の費用負担者とはいえない。

したがって、原告の被告国に対する請求は、全部理由がない。

二  被告市の設置管理の瑕疵と原告宅家屋の傾斜との因果関係

1  原告宅家屋の傾斜について

原告の主張する損害のうち、慰謝料と弁護士費用を除いたものは、原告宅家屋の傾斜により生じた損害であると解される。

そこで、本件溢水による下水の原告宅敷地への流入の有無及び右下水の流入と原告宅家屋の傾斜の因果関係の有無について、順次判断する。

2  本件溢水による下水の原告宅敷地への流入の有無

<証拠略>によれば、四七年事故の際も四八年事故の際も、本件溢水による下水の一部が原告宅敷地へ流入し、おりからの降雨による雨水とあいまって、原告宅の床下浸水という事態を生じさせたことが認められる。

証人山際正通は、溢水した下水は原告宅方向にはごくわずかしか流れなかったと供述するが、<証拠略>などから窺われる地形に照らし採用することができない。

また、<証拠略>によれば、降雨による雨水だけでも原告宅付近の浸水という事態が生じることが窺える。しかし、専ら降雨による雨水だけで原告宅の床下浸水が生じたこと、もしくは溢水した下水が原告宅の床下浸水の原因としてはほとんど無視できる程度のものであったことを推認させる事情は窺えない。むしろ、前掲各証拠によれば、溢水による下水がなければ、原告宅の浸水被害は生じなかったものと推認するのが合理的である。

3  下水の流入と原告宅の傾斜の因果関係の有無

(1) 証人今井美津子は、大要、「四七年事故の際、昭和四七年九月二四日の昼前のまだ原告宅の浸水がひいていないときに、原告宅が傾き始め、原告宅の一階台所の下の地下室の四隅に亀裂が生じその亀裂から付近に滞水していた水が地下室内に入りこんだ。その日の夕方から原告宅の集合煙突から雨濡りが始まった。次の日から、原告宅の戸が閉まりにくくなった。原告は、その年のうちに地下室の亀裂、集合煙突の雨濡り、戸の建て付けを修繕した。四七年事故の後四八年事故までの間に、家の傾斜が激しくなったことはない。昭和四八年八月一七日からの降雨の際に、原告宅の傾斜がひどくなり、地下室に亀裂が生じ、原告宅の雨漏りが始まり、戸の鍵がかかりにくくなった。」旨供述する。

また、証人木下信一は、大要、「原告宅の敷地が泥炭地であることが分かっていたので、その新築工事にあたっては、基礎を通常よりも強くした。」旨供述する。

(2) しかし、後記(4)の事実、証人今井美津子は「昭和四六年にも原告宅が浸水したが、その時には原告宅は傾かなかった。」とも供述していること、<証拠略>によれば原告宅の基礎は六五センチメートル程度の深さを有するにすぎないと認められることを考慮すると、(1)記載の証人今井美津子の供述の正確性には疑問があるところである。

(3) また、仮に(1)記載の各供述のとおりの事実があったとしても、右事実から原告宅の傾斜の原因が溢水による下水(おりからの降雨による雨水を含む。)の流入にあると推認することは、後記(4)の事実を考慮すると、できないというべきである。

(4) かえって、<証拠略>によれば、原告宅敷地の地盤は、圧縮性の高い泥炭層が地表近くから八メートルの深さにまで存在し、またその地下水位が地表から二五センチメートル位の所にあることから、浸水があっても圧縮性に影響を受けにくい性質のものであること、その泥炭層の内容が同一敷地の中でも玄関側とその反対側で異なり、玄関の反対側では八メートルの深さの泥炭層の中間に圧縮性の相対的に低い粘土層が一ないし二メートル程度存在するが、玄関側にはこのような層が存在しないこと、原告宅は玄関側がより深く沈下する形で傾斜していることが認められる。

右事実によれば、原告宅の傾斜の原因は、原告宅敷地の地盤が八メートルに及ぶ軟弱な泥炭層から成り、しかもその圧縮性が敷地内で異なることにより、原告宅敷地の地盤が不同沈下を起こしたことであると推認するのが相当である。

(5) そうすると、下水の流入と原告宅の傾斜の間に因果関係の存在は認められないから、原告宅の傾斜による損害賠償の請求(原告の主張する損害のうち、慰謝料と弁護士費用以外のもの)は、理由がない。

三  被告市の設置管理の瑕疵とその余の損害との因果関係

1  本件溢水による下水が、四七年事故の際も四八年事故の際も、原告宅敷地へ流入し、おりからの降雨による雨水とあいまって、原告宅の床下浸水という事態を生じさせたことは、前記二の2で認定したとおりである。

2  汚水の混じった下水により自宅の床下浸水という事態が生じることは、被害者に精神的苦痛を与えるものというべきである。

そして、本件に顕れたすべての事情を考慮すると、四七年事故及び四八年事故により原告に生じた精神的苦痛に対する慰謝料としては、三〇万円が相当である。

3  本件においては、弁護士費用は、本件事故と因果関係のある損害であるとは認められない。

四  仮執行の宣言について

原告は、仮執行の宣言の申立をしているが、必要がないものと認め、これを付さないこととする。

(裁判官 大出晃之 野山宏 松田浩養)

(別紙)

物件目録

所在   札幌市白石区北郷二三九九番地の五二、同番地の五五

家屋番号 二三九九番地の五二

構造   木造モルタル 二階建

種類   居宅

床面積  一階 九四・七七平方メートル

二階 二九・九七平方メートル

以上

(別紙) 豊平川中継ポンプ場建設費(S44~49)〈省略〉

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